タイで歯科医院を開業されている久米啓之先生のコラムをご紹介します。
タイにある先生の歯科医院で歯の治療をした日本人のある言葉から始まっています。

先日、患者さんが突然ポツリと「ありがたいことです。」と言われました。他の患者さんのこともあり、 電話の対応もあったので、そのときは「?」だったのですが、後でお話をうかがうと “2時間も歯医者がつきっきりで治療にあたってくれるなんてありがたいことです。”ということでした。

 一人の患者さんに1時間、2時間の時間をとるのはあたりまえになっていて、逆に30分しかとらないということは非常に少なくなっていて、これが”あたりまえ”に思えていたので、この言葉で治療スタイルのことをもう一度考えてしまいました。日本だと”5分、10分歯医者が何か処置をして、その後アシスタントなどが後を受け、しばらくしてまた歯医者が数分担当して”といったスタイルです。一人の患者さんに30分以上つきっきりという事態は例外的です。 この日本スタイルをとっている国を私は他に知りません。一度に二人以上の患者さんを担当するというスタイルは、おそらく日本だけでしょう。

 あと思いつくのは戦場ぐらいなものです。どうして日本がこのような独特なスタイルを取り入れるにいたったかは知りませんが、コストを下げて効率のよい診療を目指すという理念があったと思われます。そのおかげで日本の保険治療での歯科治療費はどこの国からみても異常と思えるほどの安さです。こんなことを言うと意外に思われる方もいらっしゃるでしょうが事実です。今、一人あたりの一月の治療費が平均以上だと歯科医院は保険課からなんらかの指導があるそうです。こうやって医療費を抑えようとしているようです。

 このやりかたも乱暴だと思いますが、ことの是非はさておき、その平均値というのが1500点ぐらいだそうです。一週間に一回通院したとして、月に3、4回とすれば500点か400点が1回の平均値になります。1点10円ですから、2割負担の人は1000円から800円、3割負担の人は1500円から1200円です。どうですか?歯科医院で払っていた費用はこんなものじゃありませんでしたか?1日に30人ぐらい受けて、1日135、000円ぐらいのの売り上げになります。1月6日の休みと4回の半日として、およそ300万円の売り上げです。自営業の経験のある方なら、たいした事業にはみえないでしょう。1日に30人受けてこんなものです。一人当たりこれ以上売り上げを上げると役所からいじめられます。もっとたくさんの患者さんを受けるようにしないと経営はよくなりません。

 一方、1日30人ということは、10時間働いても、1時間あたり3人です。一人あたり20分です。1日10時間以上働くのも簡単ではありません。歯科衛生士さんが夜帰れないような時間になってしまいます。日本では1回20分歯医者に担当してもらうのが上限でしょう。これ以上はどこかに無理があります。歯医者がお金持ちだった時代、歯医者は一日に100人とか200人診療していたそうです。300人という人も聞いたことがあります。100人だと1時間10人。1人あたり6分。200人だと3分。300人だと2分!2分3分で何ができたというんでしょう? 企業は1年に1回の検診が義務付けられているので、このアルバイトをしたことがありました。

 全部の歯をみて記録するだけでしたが、8時間で200人でした。見て記録するだけで1人あたり2分24秒です。どんな治療だったか想像すらつきません。麻酔は本当にないとどうしようもないときだけに限られていたでしょう。少々の痛みは我慢を強いられたと思います。その麻酔も一気にうつので痛い注射だったと思います。

 こんな極限状態の中で、治療を怖がる子供にたいして、その気持ちや恐怖心を思いやって治療にあたるなんてことはとても望めなかったと思います。そして日本国民の深層心理に「歯医者は怖い!歯科治療は痛い!」という印象を植え付けてしまったんじゃないでしょうか。患者さんの気持ちを思いやる心優しい歯医者なんてドラマなんかでもまったくみかけません。患者さんの歯の健康を願い祈るような気持ちで治療にあたっている歯医者なんてイメージに合わないのはこの時代のせいだと思うのですが。でもこのイメージにあわない姿が本当は真に望まれる医者の姿のはずです。医療費のことを心配せずに病院にかかれるという素晴らしい社会を目指して作られた制度だったのでしょうが、反面上記のような暗い面ももたらしたと思います。

 そしてもう一つ。どこの国へいっても医療費は高く感じてしまうという事態を招いたのも事実だと思います。ときどき200バーツはだせないので、なんとか100バーツですむような治療を考えて欲しいなんていう人もいます。こんな人は論外にしても、1000バーツが高いと思っている人はけっこういらっしゃるようです。手袋もマスクも毎回交換、注射針は使い捨てのもの、麻酔のカートリッジも使い捨て、全ての器具は滅菌されていることを望んでいて、その上で十分な時間をかけた治療を望んでいて、その材料もアメリカ製やドイツ製、日本製じゃなく発展途上国のものは絶対拒否と思っているのに。

 どうしても生活していた日本の”普通”を基準でものを見てしまい、治療費を高く感じたりしてしまいます。また医者が付きっ切りで担当してもらうと”ありがたい”と思ってしまいます。でもどんな医療が”まとも”かという観点からするとタイの治療スタイルも治療費も私には納得がいきます。逆に日本には”異常さ”を感じてしまいます。その異常な国のことを基準にして物事を考えると誤った判断を招きかねません。

 一度に3人の患者さんを受けるスタイルがまともか、一人の患者さんに1時間以上かけるのがまともか。野戦病院以外で複数の患者さんを受けるような診療スタイルが他の国にあるか。日本の常識は世界の非常識という言葉がありますが、こと歯科医療に関して日本はかなり特殊な国です。そして本当に自分の健康のことを考えられるのであればタイはコストパフォーマンスのいい国だと思います。そして安いことが優先される方には日本は最高です。

外から見てみることって大事ですね。

きっと激動の明治初期に外国に留学をした偉人達は、外から日本を見て感じたことを行動にして日本を変えたんでしょうね。

今まで多くの患者さんに説明をし続けてきました。
人の固定観念を取り払うことは非常に困難です。

地道に浦安の片隅で「まっとうな歯科治療とは」を問い続けていきます。