良い材料を使うだけでよく噛めて長持ちする義歯(入れ歯)が作れるのでしょうか。
そんなことはありません。
よく噛める義歯を作製するには型採り、かみ合わせなどをしっかり行わなければいけません。
今回はよく噛めてとても元気な患者さんの入れ歯作製についてご紹介します。

 2012年7月19日の投稿を加筆修正

一口に義歯といっても様々なタイプがあります。

誤解されがちなのは、良い材料を使えばよく噛める義歯ができると思われているところです。

確かに良い材料を使う利点はあるのですが、良い材料を使えば自動的に具合の良い義歯が出来上がってくるわけではありません。

写真は予備印象といって、診査に使ったり本番用の型どりをするための入れ物(各個トレー)を作るために必要なものです。

一般的には保険義歯はこの予備印象にあたるもので作製します。

上下の顎の解剖学的なランドマークが入っていることが条件です。

予備印象から各個トレーを作製し最終的な型採りをします。
予想する義歯の外形よりやや短めにして、最終型採りの時に辺縁をあわせます。

使用する48時間以上前に作製し、なるべく変形を少なくする工夫も必要です。

上顎の筋形成・印象です。
バッカルスペースがやや広い方でした。
バッカルスペースは人によって様々。狭い人もいれば広い人もいますので診査が大事です。
筋形成は辺縁の設定に重要なステップですし、吸着は研磨面が重要です。
上顎結節、上唇小帯、頬小帯が上顎の筋形成では大切です。
頬小帯付近の厚みは以外と吸着に影響します。
もちろん筋突起の干渉や咬筋の収縮による干渉にも配慮しています。
印象は遁路をつけてなるべく無圧で採りました。

下顎義歯は全面均等加圧です。
患者さんご本人の希望で、最後の1本のご自分の歯は大事にしたいとのことなのであまりこの歯に負担がかからないようにします。
でも、もし万が一抜くようなことがあってもまた新たに作り直さなくてもよいように、総義歯仕様で型採りをしました。

義歯の作り方にも色々な方法があります。
まるで華道などのように〜流とか家元もたくさんいますが、私は日本歯科大学新潟の小出先生の方法が一番理にかなっていると思います。

筋形成した後印象材でウォッシュしますので薄いところは印象材がフィルム状になっています。

下顎の印象でのポイントはオトガイ筋、頬筋、顎舌骨筋、頬棚、咬筋、舌の動かす範囲など様々。
患者さんの協力も不可欠です。

次は縦の噛み合わせと、フェイスボウです。

噛み合わせには縦と横があります。
まずは縦の噛み合わせをとります。

写真の横の金属のフレームがフェイスボウです。
顎の関節と上顎の位置関係を記録します。

10年くらい前は科学的な根拠がないのでやる必要がないともいわれましたが(北欧の人たちだったかな?)、調整のない義歯を作るには必須な過程だと思います(by小出先生)。

エビデンスを否定するつもりは全く無いのですが、全能でも無いことも事実です。

縦の噛み合わせをとった後、横の噛み合わせをとるための準備ができました。

横の噛み合わせの他に顎が動く角度も記録してなるべくその人の顎の動きが再現できるようにします。
もちろん全く同じ動きは再現できないものの、噛み合わせの調整が少ない、またはほとんどないくらいの義歯ができます。

私のパートナーの歯科技工士とは同じ勉強をしているので意思の疎通ができており、たいへん仕事がし易いです。 

今歯科技工士を目指す人が激減しています。
学校が次々と閉校しています。

理由は色々あるかもしれませんが、仕事はたいへんだけど収入が低すぎるということが第一なのではないでしょうか。

低い保険治療費の中から技工代を捻出、さらに費用の低い中国の出現のため(現行では違反のはず)、価格競争が熾烈になっています。
当然質はあまり期待のできる物ではなくなります。 

せっかく日本人の繊細な資質があるのに若い技工士がどんどん減っていることが残念です。

顎の動く範囲を記録して、真ん中・右・左・の位置を記録します。
患者さんは顎の動きが悪く(陳旧性のクローズドロック)記録できる範囲が狭かったです。

触診により顎の具合はおおよそわかりますが、ゴシックアーチによってはっきり確認ができます。
フェイスボウ、チェックバイトをとることによりなるべく誤差がでないようにし調整が少ない義歯の完成を目指します。

特に真ん中の位置(中心位。この方は両側性の関節円板の前方転移をおこしているので中心位がありませんのでタッピングポイント)が大事です。

この次は人工歯を並べますのでより義歯のイメージが浮かび易くなります。

義歯の最終確認は噛合わせ、口元の自然さなどを確認して次回はいよいよ完成。
上下ともちょっとやそっとじゃ動かないがっちりした入れ歯になりそうです。

後日談

この後義歯をお渡しして2回ほど調整をしました。

患者さんはこの当時87歳の元気なご婦人でした。

それから連絡もなく心配していましたが、5年ほど経った後、残っている歯の不具合があるということで連絡がありましたが、義歯は全く問題ないとのことでした。

義歯が快適なのは喜ばしいのですが、やっぱり定期検診は必要ですね笑

90歳を超えても元気なお姿に、こちらが元気をもらっています笑。

ただ、膝が痛いのでそれだけが気の毒です。

食欲はすごくあるんですって笑。

おもて歯科医院
歯学博士
日本顕微鏡歯科学会認定指導医
顕微鏡歯科ネットワークジャパン認定医
表 茂稔