80歳まで20本の歯を残そう

8020(ニイマルハチマル)運動をご存知でしょうか?
1989年(平成元年)から当時の厚生省と日本歯科医師会が一緒になって推進している、歯に関連する運動で、その主旨は『80歳になっても20本以上自分の歯を保とう』というものです。

なぜ80歳までに20本以上の歯を残す必要があるのか。

それは、人間は20本以上の歯があれば、食生活に影響しないで過ごせ、ほぼ満足する食生活が送れると言われているからです。若い世代から歯を残す努力をすることが、将来の食生活に多大なる影響を与えるため、1本でも多く歯をのこしていきたいものです。

そんな中、もしも『根管治療(歯の根っこの治療)では治せそうにもないので抜歯になってしまいます』と担当の歯科医に宣告されたら、あなたはどう思いますか?担当医のいうように、そのまま受け入れて抜歯をするのか、はたまた、歯を残すために模索するのか….。今回は、他院にて抜歯宣告された方が、当院にて顕微鏡歯科治療をうけ、抜歯の回避ができた患者さんの事例についてご紹介いたします。

抜歯と言われたが抜歯したくない

こちらの患者さんは50代の女性の患者さんでした。
右下6番目の歯に咬合痛(咬む時の痛み)があり、サイナストラクト(膿の出口)もみとめられました。当時の担当の歯医者(他院)から、抜歯を提案されたとのことで相談にいらっしゃいました。

ご本人は抜歯を潔しとせず、インターネットで「根管治療(歯の根っこの治療)」について調べたそうです。当院のある浦安市ではなく、市外から当院にご来院いただいたいうことは何かのご縁なのでしょう。

現代ではインターネットの普及によって得られる恩恵は計りしれません。
しかしながら、インターネット上の情報は玉石混淆。

歯科医院のホームページに並ぶ美辞麗句は、本当に患者さんの歯科医院選びの判断基準になりえているのか、多少の疑問があります。私自身が快く思っていないことは、顕微鏡歯科治療といっても、その治療技術や治療内容は様々なのに、なかなかインターネット上では差別化がはかりにくいという点です。

ですから、私がブログを書くときは、実際の症例を画像を中心に、なるべく客観的に書くことにしています。自分の考えのみならず、『他にはこういう考え方』や『他のこういう治療法もある』という事も、できるだけ盛り込むようにしています。そして、実寸大のおもて歯科医院の顕微鏡治療をお伝えできるように工夫をしているのです。

ですから、ブログに使用している画像は、全て実際の顕微鏡歯科治療中に記録している動画から使用していますので嘘偽りはございません。

さて、話は横道にそれてしまいました。
こちらの患者さんの症例に話を戻しましょう。

下記は、こちらの患者さんのレントゲン写真です。来院時のレントゲン写真では、根の周囲を大きく取り囲む黒い影が認められました。この時点で、骨が壊れておりバイ菌による感染の可能性が考えられます。

さらに、患者さんの口腔内を観察してみました。すると、患歯の頬側にサイナストラクト(膿の出口)ができています。(下記の写真の矢印で示した部分です)ただ、この状態だけでは判断しかねる部分もありましたので、術前にポケットとの交通、分岐部病変と歯根破折を可能な限り診査することにしました。

顕微鏡歯科治療は治療を進めながら診断することも多いのです。根管治療を開始してから、万が一、歯根破折などを発見した場合には、大きく方向転換をしなくてはなりません。とくに、こちらの患者さんは、歯科用顕微鏡を使った根管治療に前向きだったので、歯科用CTスキャンを撮影することとなりました。

抜歯を回避する再根管治療を開始

レントゲンデータやCTスキャンのデータを見る限りでは、やはり『抜歯が必要』という診断をしても、おかしくはないくらい病変は広がっていました。しかし、患者さんの意向を踏まえ、当院の顕微鏡歯科治療で、抜歯を回避し再根管治療とすることになりました。

自由診療になりますので、再根管治療にかかる治療費や治療回数、成功率と根管治療が成功しなかった場合の次の方法等を説明し、患者さんの同意を得たのちに治療を開始することになりました。

一般的に、リトリートメント(根管治療の再治療)であり、さらに病変があり、自覚症状のある歯の場合、根管治療の成功率は60%くらいと言われています。これを踏まえて患者さんが再根管治療を望むのかは、患者さん個々の判断になります。

こちらの患者さんの場合、1本の歯の再根管治療にかかる費用は約20万円。
そして、治療回数は3〜5回の予定で治療開始となりました。

まずは、クラウン(被せもの)とコア(歯の土台)を除去した後、隔壁を設置し根管内を整理します。CTで観察すると遠心根の根管充填材が頬側に偏在しているので、舌側に根管かフィンか何か未治療の部分があると予測を立てていました。

歯科用顕微鏡により、患部を十分拡大しながら治療することと、事前に撮影したCTスキャンのデータのおかげで、安全かつ自信を持って探索ができます。

未治療で清掃されていない部分を触ると、非常に柔らかく削片がボロボロとたくさん取れました。

CTでは近心根はVertucciのTypeⅡで2-1の根管形態でした。根管充填材を除去してCTで得られた根管の形態・方向をイメージしながら根管を形成していきます。こちらは、根管充填材除去の確認のレントゲン写真です。

ここから、さらに遠心根を綺麗に整理していきます。
結果的に途中から根管が分岐していましたが、穿通には至りませんでした。

頬側の根管にはレッジができていました。

歯科用顕微鏡にて、根管治療を進めると、頬側のサイナストラクトと咬合痛などの自覚症状はすっかり消失しました。左の写真が治療前、右の写真が治療後の写真です。

1ヶ月の経過観察後、順調に経過

ここまで行ったあと、約1ヶ月の経過観察に入ります。

この間は、水酸化カルシウムで貼薬し1ヶ月間様子を観ることとしました。水酸化カルシウムの長期の貼薬は象牙質を痛めてしまうという報告がありますが、治療のステップを確認してから次に進めることと、根管治療が成功しなければ抜歯が濃厚だったため、今回はこのような判断となりました。

しかし、患者さんの経過がよく、何事もなく1ヶ月が経過したので、『17%EDTA』で洗浄後、6%次亜塩素酸ナトリウムで20分間ピエゾフローで根管洗浄しました。

その後は、根管の充填です。
根管の充填は『MTAセメント』で行いました。

MTAセメントは、pH12前後の強アルカリ性ですので、カルシウムを長期間放出するため、組織の治癒に有効であること、僅かな膨張があるため根管壁との封鎖性が優れている材料です。逆にMTAセメントの欠点は、操作性が悪いことと、再治療の際除去が困難であることです。

もちろん、今回の患者さんのケースは『再治療はない』という前提で初めてはいますが、顕微鏡で根気よく行えば除去も不可能ではありません。

(MTAセメントは世界で使用されており、研究も盛んに行われている優れた材料ですが、この材料を使えばなんでもかんでも治るわけではありません。根管治療でいえば、感染物質の除去とコロナルリーケージ(漏洩)の配慮がなければMTAセメントを使用しても効果がありません。)

下記が、根管充填後のレントゲン写真です。

仮歯を装着し、さらに1ヶ月の経過観察

そして、根管充填後にはコア(歯の土台)を作成しました。その上に、仮歯を装着し、さらに1ヶ月経過を観察しました。無事、咬合痛などの自覚症状やもちろん、問題となっていたサイナストラクト(膿の出口)の出現はありません。順調に経過しました。下記が治療後の写真とレントゲン写真です。

レントゲン写真の状況から、治癒傾向が認められたと判断し、補綴治療(冠を被せる治療)を開始することにしました。しっかりと根管治療を行った結果、患者さんの治癒力で改善に向かったと考えられます。

この後は、最終的なクラウン(被せもの)を被せて完了です。下記は、根管治療術後4ヶ月後のレントゲン写真です。下の写真は術前と術後の比較写真です。左が術前で右が術後です。

その後も、順調に治癒へと向かっています。顕微鏡歯科治療が、抜歯を回避できたこと、心より嬉しく思います。『歯を抜かなければいけないかもしれない….』という、不安と悩みを抱えていた患者さんは、大変喜んでおられました。

結果を出すという思い責任感

こちらの患者さんは、来院して治療している時は、いつもニコニコと笑顔でうけてくださり、迎え入れる私たちも気持ちがリラックスして治療することができました。抜歯を回避できるかどうか、かなり厳しい局面ではありましたが、わたしはいつも救われ気持ちでいました。精神的にも緊迫してるさなかの患者さんの柔らかな対応はとても救われます。

本来は、逆でないといけないのですが…..(笑)

顕微鏡歯科治療は自由診療です。
保険治療とは異なり、高い治療費を払っていただくわけですから、どうしても結果を出さなければならないと、緊迫した状況で治療を行います。

きっと、私の治療中の表情はしかめっ面なんでしょうね。(笑)

精神的に張り詰めた中で全力を尽くしてもなお、余裕でいられる本物のプロフェッショナルになれるように精進したいと思います。

治療費,治療期間,主な副作用

費用:約250,000円
治療期間:4回受診
主な副作用:副作用としては従来の根管治療と変わらないが、これだけダメージのある歯なので根管治療が上手くいっても歯根破折の可能性はある。

執筆者情報

おもて歯科医院 表 茂稔

表 茂稔歯学博士/日本顕微鏡歯科学会認定指導医/顕微鏡歯科ネットワークジャパン認定医
表 茂稔

〒279-0043 千葉県浦安市富士見1-11-29
TEL:047-354-8777

関連記事

抜歯に関する記事一覧
再根管治療に関する記事一覧