親知らずを抜いた後の痛みや腫れで苦しんだ人はとても多いと思います。
もしかしたら顕微鏡で親知らずを抜けば痛みや腫れは随分と少なくなるかもしれません。
その理由は見えるからです。今回は親知らずの抜歯についてご紹介します。

患者さんは30代女性で虫歯の治療のために来院しました。
一通り口腔内を診査すると左下に親知らずの一部が見えました。

レントゲン写真を撮影すると、隣の歯にぶつかって萌出できない真横になっている親知らずが埋まっているのがわかります。

完全に骨内に埋まっていれば細菌の侵入の心配はありませんが、親知らずの一部が骨内から出てその上に歯肉が被っている状態だと容易に細菌の侵入を許してしまいます。

人間は必ず歳をとります。
親知らずがいつ痛み出したり腫れるかは予測不可能です。

私はこのような親知らずを認めた場合は抜歯を提案します。
もし60代、70代で親知らずが痛み出したとき、大抵の人は何かしら持病があります。
そのような状態の時に抜歯をするのには負担が大きくなります。

ですからなるべく若いうちに、元気なうちに、まだ不具合が出てないうちに親知らずを抜いておくことを強くお勧めします。

私がかつて勤務していた歯科医院は、横になっている親知らずは全て大学病院に送っていました。
その理由は治療費の割には時間がかかるし、抜いた後痛みや腫れが出るとめんどくさいし、逆に恨まれるからここでは抜歯しないでくれと言われました。
もちろん技術的に抜けないということもあったのでしょうね。

この患者さんのような親知らずは「様子を見ましょう」じゃダメだと思っています。

上記のようなことを患者さんに説明したところ抜歯を希望されたのでCTを撮影しました。

下顎管からの距離も十分ですし、舌側の骨の厚みも十分なので安全に抜歯ができると判断しました。

ちなみに患者さんは割と怖がりなので、低侵襲な抜歯でできれば無痛とはいかなくてもそれに近いことを狙いました。
右下にも同じような親知らずがあるので、今回の抜歯で懲り懲りとなってしまえば右下はそのままになってしまいます。

だからなるべく痛くなく腫れない抜歯をすることはとても大事なことなのです。
誰でも痛みや腫れの苦痛は嫌ですよね。

埋まっている親知らずを抜くには歯肉の切開が必要になります。
これはかならず骨上にしなければいけませんので触診をします。

術前は口腔内を清潔にしておきたいので、麻酔の効果待ちの間に清掃をします。
特に術や周辺は念入りに清掃します。

麻酔が十分奏功している事を確認し切開をいれます。
低侵襲の抜歯なので切開線は少量ですし、顕微鏡で見ることができるので縦切開をほとんど入れることはありません。

剥離量もおのずと少なくなります。

必要最小限の剥離が終わったら、横になっている親知らずを分割して取り出します。

入り口付近を広くとりたいので最初は太いダイヤモンドバーを使います。

次第に深部へと進みますのでロングのサージカルバーに替えて歯冠分離を進めます。

一般的にはこの操作を手探りでやるわけですが、なるべく術野が見やすくなるように大きく切開し、大きく剥離をするわけです。
そうすると術後の腫れが大きくなる可能性が高くなります。

深部に行けば行くほど、バーがどこを削っているかわからないので手の感覚だけが頼りになります。

顕微鏡は違います。ミラーテクニックを使えればですが。
たとえバーが深部に到達したとしても「見ながら」削ることができます。

歯冠の頬側でも

舌側でも見ながら削ることができます。

特に舌側には注意しなければいけない神経・血管があるので見ながら歯を削れることは非常に心強いことです。

歯冠と歯根を分離できたら歯冠を取り出しますが、低侵襲のために出口を小さくしているので歯冠をさらに分割して取り出します。
今回は半分に分けました。

従来の親知らず抜歯では骨をごそっと削って視野を見やすくするため、術後の痛みも強かったと思います。

残り半分

歯冠を取り除けば残るは歯根です。

歯根も脱臼後、そのままでは出口が小さいので2分割しました。

小さな術野で複数回はを分割するので、その分時間がかかってしまいます。
男らしい口腔外科医の大胆で豪快な切開・剥離・骨削除に比べれば、私の顕微鏡抜歯は小さく小さくと女々しい抜歯です。

切開の量が少なく縦切開も入れないのでだいたい縫合は1糸です。

1週間で抜糸ですが幸いにも痛みは全くなく、ちょっと腫れた感じがあったとのことでした。
見た目や口腔内は特段腫れた様子は見当たりませんでしたが、1週間経過後でこの状態なら反対側の親知らずの抜歯も前向きになります。

私は今まで埋伏抜歯は積極的に行っていませんでしたが、顕微鏡とCTがあるおかげで安全で低侵襲の抜歯ができるようになり、積極的に抜歯を勧めるようになりました。

埋伏抜歯の場合保険でCT撮影ができますし、抜歯も保険でできます。
3割負担なら1万円しないくらいで親知らずの抜歯ができます。
海外では考えられないほどの低価格な治療費です。
当院では親知らずの抜歯はもちろん保険で治療しておりましたが、リスクと治療にかかる時間を考えれば全く割に合う治療費ではないにも関わらず、歯科の保険治療費の中では高い方の部類に入ります。

厚労省は各歯科医院の1ヶ月の一人あたりの治療費の平均がその県の平均の1.2倍を超えた歯科医院上位8%を無条件で集団指導と称して招集します。

指導後2年間、まだ平均点が1.2倍を超えていると今度は個別指導という取り調べを受けます。
自殺した歯医者さんもいます。

ちなみに私の千葉県では平均点数が1200点なので、1.2倍の1400点を超えてしまうと指導の対象になってしまいます。
(1点10円)

保険埋伏抜歯は約1000点、CT約1300点なので軽く平均点を超えてしまいます。

当院は小さな診療所でそれほど保険の患者さんも多くはないのですぐに平均点が高くなってしまいます。

現在平均点が楽観できないほどなので、比較的治療費の高い埋伏抜歯はやめようかと考えています。
これは国の医療費を抑えるだけが目的であって、何一つ医学的な根拠はないのですが、これが保険のルールだと言われればちっぽけな診療所は従うしかありません。

まだはっきりとは方針は決めていませんが、もしかしたら親知らずの抜歯は歯科大学などへ紹介するようになるかもしれません。

自由診療でも構わないのであれば、保険のルールに縛られることは全くないので引き続き顕微鏡埋伏抜歯を続けていきます。

埋伏抜歯 
期間 2日(抜歯と抜糸)
治療費  
    保険
    約1000点(1万円) 3割負担の患者さん 約4000円(薬含む)
    CT 約1300点(13000円)3割負担の患者さん 約4000円 
    *CTは保険のルールに則れば適応になりますので、このままの撮影代にはなりません。

    自由診療にした場合
    未定

おもて歯科医院
歯学博士
日本顕微鏡歯科学会認定指導医
顕微鏡歯科ネットワークジャパン認定医
表 茂稔