現在MI治療が叫ばれていますが、歯を削ってクラウンにした方が良い場合もあります。
歯を削るべきか削らないべきか、その基準とはどのような基準なのか。
今回はインレーを外してクラウンによる補綴治療をした内容を記述します。

左下7の治療中に隣の6の遠心にクラックがあることに気がつきました。
咬合痛などの症状は全くありませんし冷刺激による歯髄の反応もあります。

患者さんは60代女性の歯科衛生士で、以前に下顎右側6を歯根破折で失った経緯があります。
口腔内は骨隆起があり、歯にはファセットが見られます。

患者さんは今後心臓の手術を控えており、歯科治療に当面来れなくなることが予想されたので、治療をすることにしました。

患歯にはゴールドのODインレーが装着されていました。

浸潤麻酔をした後にラバーダムを装着し、インレーを除去しました。
除去後窩洞内部を綺麗にしていくと、近遠心的に破折線が認められました。

この破折線に対してどのような処置をするか迷いました。
可及的に破折線を追っていきましたがかなり深部に及んでいました。

イタリアの歯科医師Ricucciは自分の歯科医院の隣に病理検査ができるラボを所有しており、抜歯後すぐに病理切片を作製し興味深い論文を数多く書いており、日本語訳のリクッチのエンドドントロジーも出版しています。

Ricucciの著書の中で今回の症例と似ている記述がありますが、クラック周囲の象牙細管にはバクテリアの侵入が見られ、象牙細管の走行に対応する歯髄には炎症反応が見られたそうです。

ただ、Ricucciの著書や講演ではそれが必ず臨床症状と呼応しているわけではないとも述べていました。

患者さんの今後の予定や体調変化、年齢などを考慮して破折線の追求はある程度までに留めました。
患者さんは歯科衛生士なので、現在の状況と歯髄を触った場合と触らなかった場合の考えられることをなるべく客観的に説明し、一緒に方針を決めました。

歯の破折の分類は国や学会などにより数種類ありますが、AAEアメリカの歯内療法学会を参考にしました。


Cracked Toothの治療法を参考にしてジルコニアクラウンによる補綴治療を計画しました。

ジルコニアクラウンの作製法は半焼結のジルコニアディスクを削り出してシンタリング(焼いて固める)します。
ジルコニアディスクは工業製品で品質が規格化されている商品です。

セラミックというものは粉末のセラミックに水分を混ぜて泥状にして築盛をして焼きます。

ジルコニアは硬い材料ですが表面は非常に滑らかなので、今のところ対顎の歯に対して一番咬耗が少ない材料だと考えられています。

一方セラミックは泥状のものを築盛する過程をとる以上、ジルコニアより粗造になりやすいと考えられています。

当院では大臼歯・小臼歯は基本的にフルカントゥアジルコニアクラウンにして、わざわざ咬合面にセラミックを築盛するようなことはしていません。

前歯や小臼歯の唇側・頬側にはセラミックの築盛はします。

近年なるべく歯を削らない治療法が盛んに行われており、歯科医師も患者さんも歯を削ることに抵抗を感じる人が増えてきています。

もちろん手付かずの歯の最初の中程度の虫歯ならレジン充填が第一選択ですが、MODのインレーは私はほぼクラウンを提案します。

小臼歯・大臼歯はMODのような形に削ってしまうと極端に強度が低下します。
OD・MOでも咬合面の1/3以上の大きさになってしまうと咬頭を被覆することが推奨されています。

私の右上6もインレーだったのですが歯が破折しました。
分類でいうとCusp fractureで、根管治療してジルコニアクラウンを装着しました。

象牙質に達するクラックを侮ってはいけません。
レジン充填くらいで食い止められるようなものではないのです。
では、クラウンなら大丈夫なのか?
それは誰にもわかりません。
今考えられる中で最善なのだと思います。
ちなみに歯根破折 Vertical root fractureは抜歯が第一選択になります。
破折の接着法に関しては機会があれば紹介します。

築造した後仮形成をします。

頬側遠心

頬側近心

繰り返し述べますが、顕微鏡は「見る」ための道具です。
見えなければ意味がありません。

だからミラーテクニックが必要なのです。

舌側

縁上で形成をした後仮歯を作製して歯肉の調和を計り、ブラッシングのし易さや最終の歯の形態を煮詰めていきます。

仮歯だからあまり使わないでそっとしておくのは大間違いです。

仮歯だからこの段階で確認が必要なんです。
ガム以外は特に注意することはありません。

仮歯で痛みや不具合があるのに本番の歯でそれがなくなることはありません。
よっぽど下手な仮歯は別ですよ。

次の段階では縁下にフィニッシングラインを設定するために歯肉を圧排します。

この治療過程は過去のブログにも記述しましたので
参考にしてください。
その一歩から始まる顕微鏡歯科治療

ファインバーで最終的な歯のリダクション量に近づけます。

今回は最終の調整にチゼルを使用しています。

20〜30代の歯科医師はチゼルを知らない人が多いみたいです。
日本のメーカーでは、売れないのでチゼルの製造をやめたようです。

各個トレーを作製して最終印象

印象のチェック

この後歯科技工士に印象物(型採り)、対合模型(噛み合う歯)、バイト材(噛み合わせ)を梱包して送ります。
制作期間はおおよそ1ヶ月になります。

私が印象面をチェックして送ったものを歯科技工士が石膏模型を作製し、模型でもチェックします。

ワックスアップ(ワックスで賦形された歯)で適切な歯の形態が作れるか確認して大丈夫なら納品日が決まります。

製作日数がかかると仮歯が咬耗してクラウンの高さの調整が大変だと言う先生がいますが、私はバイトがきちんと取れていないだけのことだと思っています。

噛み合わせを正確にとるのも案外難しいんですよ。

納品されたらいよいよセットです。

セットする前の下準備として、歯に付着している仮歯のセメント(接着剤)をよく除去します。
装着する前の支台歯の清掃はとても大事なことです。

現在患者さんは無事に手術を終え退院したと連絡がありました。

流山からお見えになっているので体調が回復したら定期検診に来ていただこうと思います。

今回のような象牙質に達するクラックを目にする機会は非常に多く、咬合痛を感じたら早めに咬頭被覆処置をした方が良いですし、もしかしたら象牙質に達するクラックを見つけ次第症状がまだ出ていないうちに治療をしたほうが良いのかもしれません。

MI治療は大いに賛成ですが、見極めがとても大事です。

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費用 ジルコニアクラウン 173000円〜
治療回数 5回

おもて歯科医院
歯学博士
日本顕微鏡歯科学会認定指導医
顕微鏡歯科ネットワークジャパン認定医
表 茂稔