歯科治療はどんな患者さんにも一律な治療法というわけではなく、どのような治療法を選択するのかは患者さんとよく話し合って決める必要があります。そのためには患者さんに客観的で、将来起こりうる予測を十分に説明する必要があります。
そのようなことをルーティンに行っていますが、今回はインレーが脱離した後の治療法にクラウンを選択した内容を紹介します。

患者さんは50代男性でインレーが脱離し、成田からお見えになりました。

脱離した歯を観察すると、近遠心的に象牙質に達するクラックが認められ、裏装してあるセメントの下にはう蝕染色液に染まる部分が認められました。


インレーは虫歯治療では一般的な治療法です。
保険でも自由診療でも行う治療法ですが、その違いは材料の違いのみが語られています。

インレー修復はその治療の性格上、齲蝕の他に健康な歯質の削除は避けられません。
その削除は、頬舌の咬頭を分離するような形成なので歯の強度は弱くなります。
MODともなると歯の強度の低下は著しいと言われています。
MODはカタカナの「コ」の字のようなインレーです。

ちなみに今回の患者さんのインレーはアルファベットの「L」字型です。

このようなネガティブなことを書くとインレーは良くない治療法だと思われてしまいますが、何十年も良好に経過している歯も沢山あることも事実です。

先日あるセミナーを受講しに大阪に出かけましたが、そのセミナーは歯科技工士と一緒に受講するセミナーでした。

その時参加した歯科技工士の方々と色々な話ができましたが、インレーを作製することは本当に難しいということを再確認しました。

1番の原因はアンダーカットです。
アンダーカットがあるために適合が悪くなるのです。
それは「コ」、「L」の部分をどうしても開かざるを得ないので、インレー体を歯に装着するには隙間を開けるしか方法がないのです。

アンダーカットは歯科医師の形成によるものなのですが、狭い口腔内で正確なインレー形成をすることは非常に困難なことです。

歯科医師がインレー形成を行うのに慎重且つ正確にするにはそれなりに時間を要するでしょう。
歯科技工士も精度の良いインレーを作製するのに長い時間を要します。

保険治療だと6000円くらいなので3割負担だと約2000円です。
この6000円から歯科技工士に技工料を支払います。

ここに保険治療の話も含めるとややこしくなるので、自由診療でのインレー修復ということで話を進めて行きます。

歯科医師は口腔という非常に制限された環境で治療をしているので、どうしても見えずらいところができてしまいますし、回転切削器具だと繊細な部位の形成には向かないのかもしれません。

私自身は、もしかしたら顕微鏡治療であればかなりの精度を出せるのではないかと思う部分もあるのですが、歯の強度のことを考えると現在はインレーを積極的には提案していません。

インレー修復の精度を追い求めている歯科技工士の話で印象深かったことがあります。
インレーは、その形が小さいだけという理由でクラウンの作製料より安いというのが一般的です。しかし製作にかかる労力はクラウン製作より軽いわけではないので、クラウン作製料と一緒の技工料でもいいのではないか、という言葉でした。
その技工士のジルコニアクラウン の技工料は60000円です。
0の数は間違えておりません。

患者さんには、治療の方法として適合精度と象牙質に及ぶクラックがある歯に再度インレーにする今後の不安などを説明し、クラウンによる補綴修復を選択しました。

クラウン形成も顕微鏡下で行いますが、世の中には色々な顕微鏡治療があるようです。
歯科の商業誌で「顕微鏡クラウン形成」特集が組まれることがありますが、ほぼ全てが前歯での治療例で、それでも舌側などの形成にミラーテクニックが使われていればまだ救われるのですが、私が見た限りではほぼ全て顕微鏡下の盲目的クラウン形成でした。

著名な先生の写真での綺麗な症例だと、読者うけは良いのかもしれませんね。

私はまだ、顕微鏡治療を最大限活用できるための旅の途中ではありますが、現在到達している段階での方法でクラウン形成を行っています。


頬側面の形成でもそのままで見れるところもあれば、少し近遠心的に移動していくと見えなくなるところが出てきます。
ですから、必ずミラーが必要になりますし、ミラーをわずかに動かすだけで効率的に死角を見ることができます。

ある先生は形成面のブレを極力防ぐために、左手でハンドピースのヘッドに指を添えなさいと教えています。
もちろんその先生は顕微鏡治療はしていません。(たぶん)

ミラーを使うと左手が使えないのでブレるじゃないですか。
という意見も聞きますが、たぶんハンドピースの持ち方が悪いのではないかと思います。
それと、「見る」ということを放棄する最大の犠牲を払って歯を切削するわけです。

舌側の形成もミラーが必要です。

ここの形成にミラーを使わない歯医者さんがいますが、近遠心の隅角付近はどうするのでしょうか。
もしミラーは使わないけども見ることにこだわる歯医者だったら患者さんの顔の向きと顕微鏡を動かして見ることになりますが、その度に治療は中断します。

ミラーなら指先を少し方向を変えるだけで、治療を続行したまま形成できます。

近遠心を削除するときは隣在歯の誤切削に注意します。

ここもミラーを使うことによって安全に形成ができます。

隅角部分が一番形成量不足になりやすいのですが、ここも見ることで適正に形成ができます。

仮歯を製作して第1回目が終了になります。

仮歯にはとても重要な役割があります。
本番のクラウンができるまでの繋ぎという消極的な役目ではなくて、仮歯でクラウンの形態や厚み、歯肉付近の膨らみ加減を煮詰めていきます。

第2回目からは縁下にマージンを設定しますので歯肉圧排をします。
自分はこのジンパックの位置付けもコントロールしたいので、顕微鏡下で見ながら歯肉溝に挿入します。

形成用のバーはファインバーに替えて、フィニッシングラインの垂直的な位置と、軸面の厚みを調整します。
舌側

頬側

遠心隅角部

仮歯の調整を行って第2回目が終了です。

第3回目の形成用のバーはスーパーファインに替えてフィニッシングラインの微調整を行います。

治療の進行具合によっては第3回目を最終形成にすることがありますが、最後は回転切削器具ではないもので仕上げます。
今回はチゼルを使用しました。

仮歯の調整をして第3回目が終了です。

第4回目は型採りをするので歯肉の圧排は二次圧排します。
二次圧排の位置付けもきちんとした印象を採得するには大事なことだと考えているので、顕微鏡下で位置付けします。

印象時も確実に歯肉溝に印象材を流し込むことと、気泡の混入をチェックするために顕微鏡下で行います。

印象面の確認

ジルコニアクラウン装着

精度の良いクラウンを口腔内で長年月機能させるために必要な段階は、現時点では上記のようになります。

この患者さんはとてもご自身の歯に関心をお持ちになってとても協力的なのですが、患者さんの中にはどうしてそんなに回数がかかるんですか、と不信感を持つ人もいますが、これが今、私が辿り着いている方法なのです。
決して料金を上積みしようとしていませんからね笑

他の歯医者さんのやり方は私は知りませんが、今まで装着したクラウンに不具合がある方でこの方法にご興味を持たれた方はぜひご来院ください。

あ、そうそう
仮歯期間中に歯間ブラシだけは皆さんにお願いしています。
お願いではなく、義務です笑

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セラミックを作製して感じた色々な患者さんのために

治療回数  5回 
費用   ジルコニアクラウン 173000円〜

おもて歯科医院
歯学博士
日本顕微鏡歯科学会認定指導医
顕微鏡歯科ネットワークジャパン認定医
表 茂稔