普段は実体顕微鏡という治療に使う顕微鏡を扱っていますが、今回は何万倍も拡大できる電子顕微鏡を学びに松本に訪れました。
平成30年8月4〜5日松本の信州大学で日本顕微鏡学会の電顕サマースクールを受講しました。
今回は日本顕微鏡歯科学会ではなく日本顕微鏡学会です。
日本顕微鏡歯科学会は実体顕微鏡で歯科治療を行うことで歯科医療の質の向上を目的としていますが、日本顕微鏡学会は産業界、医学界、生物界の研究における光学・電子顕微鏡の活用に寄与することを目的としている学会です。
今回の受講者は東京都の職員で品質検査を担当している人やオリンパスなどの民間企業の研究者、大学病院の電顕技士など多岐に渡っていましたが、歯科は私一人だったようです。
セミナー受講の動機は、自分の行った治療を評価したい です。
数ヶ月前、自分が治療を行なったクラウンを装着した歯が歯根破折のため抜歯になってしまいました。
その抜去歯を走査型電子顕微鏡で観察をしました。
クラウンの大事な要件として適合精度が大事だと声を大にして伝えてきましたが、実際自分の行なった治療はどれくらいの精度があるのかとても知りたかったのです。
口腔内に装着した時のクラウンの適合を確かめる方法は、探針という細い器具をさらに研磨して細くし、顕微鏡でマージン部を見ながら探針でなぞる方法です。
とても原始的なのですがこれ以外方法はありません。
顕微鏡で拡大しながら細く研いだ探針で確認することはビジュアルフィードバックにより30umの誤差を認識できると言われています。
一般的な適合の良いクラウンは大体80umで、とても精度の良いクラウンで50umの誤差があると言われています。
抜歯になったのはとても残念なことですが、自分の治療を評価するために走査型電子顕微鏡で観察した次第です。
結果は大体30〜50umの間でした。
360度全周均一ではなくムラはありました。
最近の接着用セメントの性能がかなり良くなったとしても、可能な限りセメントラインは少なくしたいところです。
お借りした電子顕微鏡は千葉県にある研究所で、操作方法を研究員に親切に教えてもらったのですが、彼らは歯についての知識がなく、私には電子顕微鏡の知識がないため非常にギクシャクしたやりとりなんとか観察し終えたという印象でした。
そこで、だったら自分が電子顕微鏡の知識を身につければいい、ということで今回の電子顕微鏡サマースクールに参加しました。
光学顕微鏡は光を反射させて試料を拡大して観察できます。
電子顕微鏡は電子の反射で試料を拡大した観察します。
光の波長より電子の波長が小さいため、電子顕微鏡の方がより試料を拡大して観察することができます。
電子顕微鏡には走査型電子顕微鏡(SEM)と透過型電子顕微鏡(TEM)があります。
走査型電子顕微鏡は試料の表面を、透過型電子顕微鏡は切片を作成して観察します。
歯などのような硬組織は電子線による損傷は少ないのですが、導電性がないためチャージアップしやすいため工夫が必要です。
チャージアップとは電子が溜まってしまいコントラストがつきにくくなってしむことなのですが、簡単にいえば見にくくなってしまうのです。
クラウンの適合程度はせいぜい何umの世界なのでそれほど高倍率は必要ないのですが、走査型電子顕微鏡は被写界深度が深いため非常に観察しやすいのです。
光学顕微鏡でも観察したのですが、被写界深度が浅いためなかなかうまく適合状態を観察できませんでした。
こうなると次に知りたくなるのは歯髄(歯の神経)の変化です。
虫歯の治療やクラウンの形成ではを削った時の歯髄の変化、覆髄や断髄をした時の歯髄の変化をモーレツに知りたくなったのです。
このような研究報告はもちろんありますが、顕微鏡治療で行った研究は今のところないんじゃないかな?たぶん。
どっちにしろ、自分が顕微鏡治療をしたその歯の変化を知りたいのです。
だって、臨床研究なんてその術者の腕で変わるのは当然なんですもの。
特に外科系はそうでしょう?
薬の効き方なんて医者の腕前なんか関係ないし。
歯科の治療のほとんどが外科系なので、人がやった報告をきちんと知ることも大事ですが、自分の行った治療はどうなのかが一番知りたいのです。
そうなると透過型電子顕微鏡が必要になるのですが、これがハードル高いんですよね。
試料の固定、脱水、包埋、超薄切片の作製を開業医がやるわけですから。
何よりも大事なことですが、人間の歯?誰の歯?
ということになるわけです。
矯正で抜く歯や親知らずでできればいいのですけど、まずはしっかり電子顕微鏡のことを勉強して、研究デザインをよく練らないといけませんね。
歯髄には他の組織より幹細胞が多く存在していることを知っていますか?
なんかこういうことを知らないでいるのは勿体無い気がするんです。
日頃治療で身近にある組織についてもっと知りたいんですよね。
ややもすると、つい歯を上手に削るとか綺麗に詰めれたとかそればっかりに目がいってしまいがちで、自分は生物を扱っているという考えが希薄になりがちになってしまいます。
サマースクールに参加する前に日本顕微鏡学会が刊行している本で予習をしてましたが、文で知るのと実習で学ぶのはやっぱり違いますね。
実物を触り実際にやってみると理解が深まります。
大学院の時は学位取得が目的で研究してたような気がしますが、今は「知りたいために研究したい」という気持ちです笑
あの時は全力投球で無かったなあとちょっと後悔。
そういえば2017年のノーベル化学賞はクライオ電子顕微鏡の開発でした。
生命化学では新薬の開発にタンパクの原子レベルでの構造解析が重要なのですが、生体で機能しているタンパクは水分の中です。
電子顕微鏡は高真空で水分が苦手なので、どうしても生体とは異なる環境での観察になってしまいまい、機能時の構造と異なってしまうそうです。
そこで溶液状態でも観察でき、生体と近似で観察できるクライオ電子顕微鏡が大活躍しているそうです。