2020
6/05
熱いものを食べたら激痛になった歯の根管治療
- 2020.06.05
- ブログ歯記
- MTAセメント・ 根管治療・ 虫歯・ 顕微鏡歯科治療(マイクロスコープ)
食事をしていたら激痛に襲われた歯の治療の紹介です。
普段は何気なく使っている歯ですが、痛みが出ると辛いですよね。
傷んでからわかる健康のありがたさ。
患者さんは60代女性。
初診時は左下の奥歯が気になるということで来院されました。
左下の奥歯には根尖病変もあるので治療介入をしても良いことを提案しましたが、もう少し検討させて下さいとのことでした。
ところが数日後、熱いものを食べていたら左上の歯に激痛が走りずっと痛んでいると連絡が入り、左上6(第一大臼歯)の治療を開始しました。
第一大臼歯にはインレーが装着されており、隣の第二大臼歯と固定されていました。
患者さんのお話を聞くと、明らかな歯髄炎症状(いわゆる虫歯の激烈な痛み)で、レントゲン写真では第一大臼歯インレー周辺が黒く写っているのがわかります。
麻酔をすると痛みは消失し、インレーを除去しました。
インレーの下は虫歯に覆われており深部まで軟化していました。
歯の神経には歯髄表層にあるAδ繊維と深部に存在するC線維という神経線維があります。
Aδ線維は伝達速度が早く冷痛、甘味痛、擦過痛などの象牙質痛に関係し痛みは短時間で消失します。
C線維は歯髄炎に関係し、持続的な強い痛みを発します。
患者さん自身もどの歯が痛いのかわからないことが一般的です。
虫歯などで神経が炎症状態に陥ると、血管が拡張し透過性が増加するので歯髄内の内圧が上昇します。
内圧が上昇しても周囲は硬い歯なので圧が分散されません。
これを低コンプライアンスといいますが、この高い圧力でさらに歯髄が壊死していくという悪循環が起こります。
ラバーダムを装着したあとう蝕を除去していきますが近心の歯質はかなり失われています。
露髄するかしない段階で、歯の周囲だけは徹底的に感染歯質を取り除き隔壁を設置します。
隔壁を設置することでラバーダムとの隙間をシールすることができるので、次亜塩素酸ナトリウムの口腔内への漏洩を防止し、安全に治療が進められます。
隔壁設置後は天蓋を取り除き感染歯質を削除し髄腔内を整理して根管口を明示します。
長期間のう蝕の影響で髄腔内がかなり狭窄しています。
顕微鏡とミラーテクニックで治療をすればパーフォレーションを防げます。
狭窄しており髄床底の位置がわかりずらく、解剖学的な位置を知っていることとなにかランドマークになるものがでてきたらそれを基準に髄腔を開拡します。
一日目の治療は主根管を探索し、ネゴシエーションをしてグライドパスを形成するところまで進めました。
髄床底も石灰化物が沈着していますので後日整理しながら頬側近心根の形成をしていきます。
1日目の治療後のレントゲン写真とCT。
当院は根管治療時にはCTを撮影しますが、たいてい1回目の治療後に撮影することが多いです。
2日目は主に根管形成を行い、特に近心頬側根の形成がメインでした。
強烈な痛みは前回の治療後に消失しました。
頬側近心根はCTのcoronal像で精査すると、根管の形態はVertucci TypeⅤで根管口は1つで根の途中で2つに分岐しています。
石灰化している近心頬側根の根管口を広げていきます。
硬さや色、CT画像での根管形態を頼りに超音波チップで拡大していきます。
この操作を裸眼で治療することを想像して見てください。
顕微鏡は不可能を可能にします。
もし分岐している根管を見逃した場合、その中に詰まっている壊死した神経組織や多量の細菌が残ったままになります。
これらがいつ悪さをするのかは予測はつきません。
だから顕微鏡とミラーテクニックで精一杯のことをするのです。
ほんの少し前まで根管治療にCTを使用するのはやり過ぎなんじゃないかと言われてましたが、根管系は非常に複雑なのでCTを撮影した方が患者利益は高いように思います。
近心頬側根の形成完了
機械的清掃が完了した根管
近心頬側根
遠心頬側根
口蓋根
機械的な清掃の後はEDTAでスメア層を除去して次亜塩素酸ナトリウムで洗浄します。
超音波洗浄で20分間洗浄します。
器具で根管内を触れられる面積はおよそ60〜70%くらいなので洗浄はとても大事なことです。
根管充填はMTAセメントを使用しました。
MTAセメントは操作性に難ありなので、根管充填に用いる場合は十分慣れてから使用しないと気泡が入ったりアンダー根充になりやすいので注意が必要です。
根管充填後のレントゲン写真
近心頬側根にもきちんと充填できたことが確認できます。
5年ほど前から根管充填にはガッタパーチャを用いず、MTAセメントで根管充填を行なっています。
MTAセメントは生体親和性も高く、根尖病変を治癒に導く優れた材料です。
顕微鏡根管治療(今回の症例)
治療費:約20万円
回数:4回
治療にかかった時間は合計約5時間。
保険治療の治療費は約1万円。
患者さんの窓口支払い分は約3千円。
もし顕微鏡治療と同様に5時間かかったら1時間あたり2千円。
歯科衛生士の時給は約1500円✕人数分+アシスタントの時給約1000円✕人数分。
全力を尽くす根管治療は保険治療で可能なのか?
絶対に実現不可能。
現実は治療にかける時間をうんと短縮し、複数のユニットに患者さんを寝かせ治療を同時進行していく。
そうやって収益を上げる。
そうするしかないんだと思います。
私がかつてアルバイトしていた歯科医院はこのようなスタイルでした。
だから日本の根管治療の成功率は極端に低いのです。
どうして日本の保険治療はこのような設定になっているのか私にはわかりません。
私ができることは、きちんとした治療を求めている患者さんに私たちおもて歯科医院のメッセージを届けることです。
おもて歯科医院
歯学博士
表 茂稔