顕微鏡は見えるから素晴らしい!

顕微鏡歯科治療に携わる歯科医師と歯科衛生士なら誰もが口にする言葉です。

私が13年間顕微鏡歯科治療界を見渡した今現在、顕微鏡歯科治療には大きく分けて3つの考え方があるのだと理解しています。

一つ目の考え方は顕微鏡を使う前の歯医者個人個人の姿勢で、歯医者の目と患者の歯の間に顕微鏡を持ってくるだけで良いのであって顕微鏡治療のためになんら特別なポジションは必要ないよ、という考え方です。

この考え方は多くの歯医者から支持されていて、まるでメガネを掛けるかのように顕微鏡を使えばいいんだよという発想なので顕微鏡の普及にも効果を挙げていると思います。

顕微鏡歯科治療は特別なものではなく、保険治療でも顕微鏡をどんどん使わないともったいないよ!というスローガン?的なものがあり、日本の歯医者の保険治療のレベルアップに繋がる考え方だと思います。

私が新米の頃は肉眼治療が主流でしたが奥歯の治療で見えないところ、いわゆる死角になる部分をどうやって削ればよいのか指導医の先生に質問すると、「こころの目で見ろ」と教えていただきました。
どんなに覗き込んでも見えない死角。

私の目と患者の歯の間に顕微鏡を持ってくれば死角は見えるのでしょうか。

このような方法を私達は「いわゆる直視」と呼んでいます。

二つ目もいわゆる直視なのですが、一つ目のいわゆる直視と大きく違うのは直視の高等技術をもった歯医者でないと本当の直視ではないという考え方です。

この考え方を提唱している先生のハンズオンセミナーを受講したことがないので正確なことが言えないのですが、高等技術を習得した歯医者だけができる3D直視というものがあるようです。

YouTubeでたまたま目にしたのですが図形の「見取図」的なものなのでしょうか?

詳細はわかりませんがこの考え方もいわゆる直視です。

三つ目はミラーテクニックと呼ばれる方法で口の中に小さな鏡をいれて死角部分を映し出し、映し出された死角を顕微鏡で拡大してから治療する方法です。

この方法は私が歯科医師になりたての頃の疑問というか抱き続けていたモヤモヤ感を一気に吹き飛ばしてくれる方法でした。
歯科治療はどれだけ大事なものを見落とさずに不確実な要素を排除できるのか、が治療の成功に大きく関わっていると考えています。

顕微鏡を使う意義は不確実な要素をどれだけ排除できるのか、この一点だけにあると考えています。

見落としによる失敗は決して少なくないように思うのです。

このように俯瞰してみると顕微鏡歯科治療といっても異なる考え方があるので、「見える」という定義も歯医者によって異なるようです。

顕微鏡歯科治療でミラーを使うのは極めて危険で、メスを使う手術はもってのほかで裁判になったら必ず歯医者が負けると仰る先生がいます。
その証拠に脳外科医などの医科の先生は絶対にミラーを使わないそうです。
この先生は重要な神経・血管が切開する付近にあったとしても死角であろうがミラーを使わずに勘で切開するという事ですね。

私が知る限り医科の先生も死角との闘いをされていて、脳外科なら顕微鏡と内視鏡を組み合わせて死角を克服しようと取り組んでいますし、耳科の学会に参加した時などは耳科医も手術時の死角に悩まされていて顕微鏡を使うべきか内視鏡を使うべきか討論されていました。
ある耳科医は歯科用の小さなミラーで死角を確認していました。しかしそれではスペース的に処置できないこともおっしゃっていました。

医科の先生は単にミラーが適材でないだけであって、ちゃんと死角を克服しようとしています。
私の解釈と前出の先生の解釈は全く異なります。

私も20数年の歯科医師人生を通して、歯医者って死角に対して鈍感なんだな〜ってつくづく思い知らされました。

顕微鏡歯科治療もある程度認知度が高くなってきたのでそろそろこのような情報も患者さんは知った方が良いのではないでしょうか。

私なりに考察したところ、歯医者が死角を黙殺し続けて来たのはただ単にミラーテクニックの習得が難しい、これに尽きると思います。

顕微鏡が登場する以前からダリル・ビーチ先生がミラーテクニックを提唱していました。
しかし失礼ですが普及していません。
難しいからです。

個々の歯科医師の顕微鏡歯科治療の出発点が異なるので考え方も異なるのでしょう。

従来の覗き込むやり方に疑問を抱かない歯医者は今までのスタイルに顕微鏡をはめ込むだけで十分と考えるし、死角をなんとかしたいと考える歯科医師は拡大することで更に死角を克服したいという気持ちが一層強くなるし。
ちょっと3D直視については情報を持ってないのでなんとも言えませんが、いわゆる直視は死角が多くなってしまうことに変わりはないと思います。

とても誤解されていることなのですが、ミラーテクニックは死角を見るための手段なのでミラーを使わないで見ることができる場合はもちろん使いません。
ミラーテクニックを主体として顕微鏡歯科治療を行なっている歯科医師はこの使い分けを有効に行なっています。

しかしいわゆる直視だけの歯医者はミラーテクニックができないのでいわゆる直視一辺倒。
ね、見えるでしょ!を強弁し続けます。
そこに治療器具入れたら見えないじゃん!というのを何度も見ました。

面白いことにハイブリッドテクニックというものもあります。
クラウンの支台歯形成の時ある部分だけミラーを使って他はいわゆる直視でという方法です。
ある部分とは死角のことです。
確かにこの考え方は死角は見えないという認識ができているのでしょう。
まだ死角に対して向き合う気持ちがあることがわかります。
それでも「見える」という認識の違いがあることを否めません。

顕微鏡は機動力がないのでいざという時に使います。
普段は直視だけどいざという時はミラーテクニックを使います。
こんな言葉を多く聞いてきました。

私の経験では普段からやっていないといざという時は全くできません。

顕微鏡歯科治療という今までと違う世界へと連れて行ってくれると予感しワクワクした13年前。
なんだかヘンテコな方向に向かっているようでとても残念です。

死角に真摯に向き合っている医科のように歯科医療も死角に真摯に向かいあうことで更なる歯科医療の発展に繋がることを切望します。

4月から日本歯科大学臨床講師として研修医を修了したレジデントの顕微鏡歯科治療についての研修に携わることになりました。
歯科治療の本質である「見える歯科治療」を地道に伝えていきたいと思います。

おもて歯科医院
歯学博士
表 茂稔