数をこなして利益を生み出す薄利多売の保険診療。
増加する歯科医院の、患者を奪い合う過当競争。
美辞麗句のホームページ。
安いことが良心的、良心的な値段など本質と程遠い価値観。
日本の歯科医療は問題が山積しています。
歯科医師にも、患者にも。

ある日、市川市のある歯科医院から連絡がありました。
現在他院で根管治療を受けている患者さんの照会でした。

その患者さんは浦安市内の歯科医院で根管治療を受けていて、何回か治療を受けていても一向に痛みがひかないため、ご主人が同伴してその歯科医院の院長に説明を求めました。

その際撮影したレントゲン写真に写っていたのは、根管内に留置された破折したファイルでした。
その数日後、当院に患者さんとご主人が相談をしに来院されました。

根管治療は感染源の除去が目的であって、破折したファイルが感染源で無ければ場合によっては除去しなくても良いことは説明しました。

最初は破折ファイルの除去だけを希望されていましたが、患者さんが本当に望んでいたことはその歯を抜きたくない、きちんと治したいことだったので当院で顕微鏡による根管治療をおこなうことになりました。

前医からの手紙にも当院での治療を依頼する旨が記載されていました。

患者さんは保険の治療から、当院の自由診療による根管治療の費用の差に最初は戸惑いを感じていました。

保険治療では根管治療の費用はトータルで1万円ほどです。
その3割負担なので、窓口で支払う治療費は3千円ほどです。

当院の根管治療費は約20万円です。
CT撮影、ファイル除去を含んだ費用です。

当院の患者さんに金持ちはいません。(失礼かな!?)
ただ、歯に対する価値観は高いと思います。

海外旅行に行くなら歯に。
パチンコに5万円使うなら歯に。
タバコを吸うお金があるなら歯に。
ヴィトンのバッグを買うなら歯に。
ロレックスの腕時計を買うなら歯に。

お金の使い方が違うだけです。

今年の10連休で国際線の飛行機は満員だそうです。

もちろん、当院に来る患者さんは初めからそのような考えを持っていた人は圧倒的に少数です。
かつて受けた保険治療や材料の違いだけの自費治療で痛い目にあった患者さんは特に私の言葉に耳を傾けてくれました。

おもて歯科医院が、7万軒ある歯医者と違う視点で「歯に対する価値観」を伝えたのです。

実は当院は5月6日に移転をすることになりました。

現在の場所から50メートルほどの距離です。

今は裏にありますが正真正銘の名前の通り「表」通りにでます。

このことが浦安市歯科医師会に波紋を、嵐を呼びました。

私はまったくそのことについて考えが及んでいませんでした。

何故かというと、7万軒の歯医者と違う視点で患者さんに歯の価値観を伝えてきたという自負があったからです。
12年間も。

患者さんの前医のホームページを見ました。
このようなホームページが、この過当競争に勝ち抜くためのものなのだと感じました。
嫌味でも何でも無く、日本の歯科医療の本当の姿を表しているのだと、つくづくそう感じました。
きちんとした治療が不可能な費用設定。
安いが正義。

そんな固定観念を取り払うために、一人ひとり時間をかけて説明をするのは効率が悪すぎる。

保険で最高の治療をしますと謳えば全てが丸く収まる。

今回のような出来事は例外の範疇で、患者が一人減ってもたくさんの患者さんを抱えていれば経営的になんの支障もない。

私も勤務していた時は保険主体の歯科医院だったので、よくわかります。
ちなみに今回の件では、その歯科医院の弁護士が窓口になっているようですが、あまり歯科医療に詳しくないようで、患者さんは説明するのも疲れたようです。

決して前医の治療を否定しません。
ファイルの破折は不可避のことです。
感染源が多量に残っていることも、よく見かけることなので、前医が特別技量不足だとはまったく思っていません。

ただ、この患者さんのように、私のような、大多数の歯医者とは違う視点で、歯の大事さ、価値観について、もっと早く出会えてお話できたら、こんなに苦しまなくても良かったのにと思います。
もしかしたら、歯の神経もとらなくて済んだのではないかと思います。

私の今回の移転は、既存の歯科医院のテリトリーを食い荒らすという発想は微塵もありませんでした。

この患者さんのように、ご自身が未だかつて、歯医者から聞いたことがないような、新たな価値観を見出すことによって、自分の歯を大事にできる、大事にしたい、という人との出会いの頻度を多くしたいと思い、表通りに出ました。

今回はこの患者さんのことと医院の移転に関連して、現在の歯科医療について様々な思いが私の心の中を巡りました。

ひとの一生は短いものです。
自分が信じた道を進み続けるだけです。

では、今回の患歯の破折ファイルの除去を紹介します。

初診時のレントゲン写真

ファイルは根の湾曲部で破折することが多いです。

CTでの画像診断

破折ファイルの長さは約3mm。
湾曲の角度は約37度。

当院の破折ファイル除去の難易度の分類は、
・4mm以下で30度以内
・4mm以上で30度以内
・4mm以下で30度以上
・4mm以上で30度以上
これらはファイルの頭が見えるという条件です。
難易度によって治療費用が違います。

今回は一歩間違えると、破折ファイルは根管外へ飛び出して上顎洞へ迷入してしまうリスクがありました。

患者さんには術前に十分な説明を行い治療を開始しました。

治療を開始する前の映像です。

私の基準では、ファイルをとるとかそのようなこと以前に、根管治療の体をなしていないと感じました。

これは前医を否定しているのではなく、保険治療の現実なんだと受け止めました。
公正明大な保険請求をすると、このような傾向になってしまうこともなんとなく理解しています。

漏洩を防ぐために隔壁を設置します。

隔壁をしてラバーダムをかけて、これで初めて根管治療が開始できます。

破折ファイルは近心頬側根ですが、髄腔内がまだ綺麗でないことと、口蓋根が、いつも私が綺麗にしている風景と異なっていたので、少し探りを入れました。

割と上部に壊死した歯髄(歯の神経)がベッタリと根管の少し窪んだところにへばりついていました。
これは立派な感染源です。

これら感染源を取り除いただけで、劇的に痛みは少なくなりました。

ある程度全体を綺麗にしてから、問題の破折ファイルの除去に取り掛かります。

ファイルの頭が見えるか見えないかが大きな違いで、見えないファイル除去は超難易度が高いです。
今回はファイルが見えて長さが3mm、角度が37度なのでまあまあの難易度です。
上顎洞への迷入は絶対に避けたいところです。

最小限の歯質の削除で的確な形成をします。

ファイルが緩んでくるとグルグルと動き出します。

いつものようにEDTAを満たして超音波をかけましたが、湾曲度が強く根管壁にぶつかって出てこないので、ループで取ることにしました。

ループの角度を調節します。

ファイルにループを引っ掛けます。

除去したファイル。

CTで計測したとおり3mmのファイルでした。

破折したファイルを除去したことで、御本人とご主人は喜んでくださりました。

私は、医療において優しい対応は必要だと思います。
しかし、優しいだけでは歯は治りません。

移転後のおもて歯科医院の向かう道は、
実力主義の正統派歯科医院です。

つまらないテリトリー争いには無縁でいたいのです。

当院には遠方からお見えになる患者さんもいらっしゃいますが、やはり近い方が良いに決まっています。

浦安市内で、私にしかできない歯科治療を必要としている患者さんはいるはずです。

人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも、一瞬遅からず、早からず。
しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず。
                                森信三