勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし

私の好きな言葉の一つに、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という言葉があります。

これは、野球界で活躍された故野村克也監督の言葉で、お亡くなりになった今でも誰もが知る有名な言葉として多くの人々の共感を得ています。この言葉は、故野村監督が築き上げた華々しい偉業を裏付けるものであり、ノムさん野球の代名詞であったデータ野球の本質とも言える言葉だと私は思っています。

そしてこの、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という言葉の裏には、敗北の影には必ず原因や理由があるという事を教えてくれます。さらには、次の勝利のためには、この敗北の原因となった理由を明確にし、勝利に向けた対策を講じる必要があるのだということも教えてくれます。

これは、野球のみならず、すべての仕事に通じるものがあると、私は思います。

たとえば、私たちが生業としている「歯科治療」。どこの歯科医院であっても、どの先生であっても、日々、真剣に患者さんと向き合っていても、治療でうまくいくときは当然あるのです。しかし、前述した野村監督の名言を借りるなら、『治療の失敗には必ず原因があり、その原因を私たち歯科医師が見落としている場合がある』という事を考えなければならないと強く思います。

たとえば、歯の根っこの治療である根管治療。この根管治療の治療後の不具合の原因の多くは細菌感染によるものと言われています。
実は、日本国内では年間、約1,300万本の歯に根管治療が施されています。
しかし、この根管治療の成功率はおおよそ40%弱です。逆をかえせば、1,300万本の60%にあたる780万本の歯が、根管治療後に不具合が発生しているという計算になります。

根管治療後の不具合の中には、無症状のものもあれば骨吸収と強い痛みを伴うものも多いのでしょう。一見、症状がなくても、中で不具合が起きていて、時間の経過と共に症状が露呈する場合もあります。

根管治療(歯の根っこの治療)をしたのに治らない。
歯科医の立場から言い換えれば、根管治療(歯の根っこの治療)をしたのに治せない。

これが野村監督の名言でいうなら『負け』の部分ではないでしょうか?

それでは、今回のブログでは2つのテーマについて、よりハッキリと書いていきたいと思います。1つ目は保険治療と自由診療の違いです。そして、2つ目は顕微鏡歯科治療と一言で言っても、きちんと見える治療と見えない治療があるということです。本文の冒頭で述べた、故野村監督の名言「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という言葉に、どのようにつながるのかも説明していきますので、最後までお読みください。

根管治療の再治療、ラバーダム防湿ができる歯科医院を探した患者さん

こちらの患者さんは40代の女性でした。

左下第一大臼歯に強い痛みがあり咬合痛もありました。来院される1年ほど前に、保険治療で抜髄処置を受けたとのこと。抜髄処置とは、虫歯の進行により歯の神経を抜く処置です。これは歯の根っこの治療であり、総じて根管治療と呼ばれます。

『1年前に治療した根管治療部分に、ふたたび強い痛みがあるため、当院で行っている顕微鏡歯科治療による根管治療を受けたい』というご希望の患者さんでした。

こちらの患者さんが1年前にうけた根管治療は医療保険内の治療でした。当院で行う顕微鏡歯科治療は保険外治療(自由診療)ですので、根管治療費は約20万円です。なぜ、こちらの患者さんが、数千円~1万円程度で受けられる保険診療ではなく、その何十倍もの費用がかかる当院の顕微鏡歯科治療を保険外治療(自由診療)で受けようと考えたのかについて、以下に説明してまいります。

患者さんは今回の歯の痛みを経験してご自身で勉強したそうです。

保険治療で治療を受けた歯に、ふたたび強い痛みが生じた。このことから、こちらの患者さんは、再治療してもらう歯科医院選びの目安として『ラバーダム防湿』と歯科用顕微鏡を使用している歯科医院を探したとのことでした。

海外の歯科治療では当たり前になっているラバーダム防湿ですが、まだまだ日本では知名度がありません。その必要性が、我々、歯科医側から十分に発信できていないからです。

わたしは、特に根管治療を成功させるためには、ラバーダム防湿が必須である処置だと思っています。先に述べたように、根管治療の治療後の不具合の原因の多くは細菌感染によるものです。ラバーダム防湿を行うことで、根管治療時に患部への細菌混入を最低限に抑えることができ、根管治療後の成功率が格段に上がります。自由診療で根管治療を行う歯科医院では、根管治療時にラバーダム防湿を行わないのは愚の骨頂であると思っています。

ここで参考までに、日本の歯科医院では、どれだけラバーダム防湿が行われているかについてご説明してきます。

日本国内の歯科医院にて根管治療時にラバーダム防湿を行う歯科医師は5.4%です。さらには、この中で日本歯内療法学会会員にしぼっても25.4%だそうです。(これは保険治療、自由診療が混合された集計なので保険根管治療であればもっと少ないことが予想されます。)

ラバーダム防湿を行う歯科医院

そういう意味では、こちらの患者さんがラバーダム防湿をしてくれる歯科医院として、当院にたどり着いた事だけでも素晴らしいとしか言いようがありません。

当然のことながら、誰であってもどこの歯科医院であってもラバーダム防湿さえすれば根尖病変が治癒するかと言えばそうではありません。そこには歯科医師の知識と技術が影響してきます。ここからは、具体的な顕微鏡歯科治療の歯科医の技術の差について説明していきます。

顕微鏡歯科治療には見える治療と見えない治療がある

最近では、自由診療にて顕微鏡歯科治療を行う歯科医院が、以前とくらべて多くなりました。さらには、『保険治療でも歯科用顕微鏡を使います』という歯科医院も登場するようになりました。

しかし、ここで私が強く訴えたいのは、歯科用顕微鏡というものは、“小さなものを拡大するだけの機器だ“ということです。歯科用顕微鏡を通して診るだけでは、正確には正しい恩恵にあずかることはできません。つまりは、歯科用顕微鏡を用いて治療するか否かではなく、その具体的な技術の質がどうか?という点に注目しなければならないということです。

患者さんには、顕微鏡歯科治療の詳細はよくわからないと思いますが、実は、狭くて暗い口腔内の多くの部分は死角で見えません。なので、当院の顕微鏡歯科治療時には、死角をミラーで映し出し、映し出された歯を歯科用顕微鏡で拡大して見ながら治療を行います。

これを『ミラーテクニック』と呼びます。

当院の顕微鏡歯科治療は、この『ミラーテクニック』を主体とした顕微鏡歯科治療が特徴であり、通常の”顕微鏡を使う歯科医院“との大きな違いであると思っています。その治療が自由診療であっても保険治療であっても、歯科用顕微鏡を用いてどのような治療を行っているか、その具体的な質が重要なのです。

これが、“見える顕微鏡歯科治療“と”見えない顕微鏡歯科治療”の違いなのです。

実は高い技術が必要である顕微鏡歯科治療のミラーテクニック

これまで、前置きが長くなりましたが、ここまで根管治療時におけるラバーダム防湿の重要性とミラーテクニックによる顕微鏡歯科治療の技術の質の重要性について簡単に説明してみました。それでは、こちらの患者さんの実際の治療法について解説していきましょう。

まずは、患部の患歯にはクラウン(被せもの)が装着されていましたので、これを除去しました。この処置を行う前に、すでにラバーダム防湿を行い、ラバーを被せて処置していますので、切削金属粉を飲み込まないで済むという大きなメリットがあります。このクラウン(銀歯)を外し、さらにメタルコア(土台)を外します。

メタルコア(土台)を外す

メタルコア(土台)を外す

メタルコア(土台)とは、保険治療で根管治療を行う際に、最も一般的に使われる金属製の土台(コア)です。

メタルコアを除去する方法は大きく分けて、以下の3つの方法があります。

一つ目は、短時間で除去するために歯質を削除する方法。
二つ目は、この歯の未来のことを考えメタル(金属)だけを削って除去する方法。
三つ目は、上記の方法の中間の方法。歯質も削るが、ある程度メタルが露出したらドライバーでこじって除去する方法。

これら三つの中で、一番歯に優しいメタルコアの除去方法は、二つ目のメタル(金属)だけを削り取る方法です。

これなら歯質を除去しないのでフェルール(※1)を最大限温存でき、ドライバーでこじらないので歯の破折の心配がありません。そして、この方法をとるために必要なのが、歯科用顕微鏡下での治療です。しかしながら、こちらの患者さんのケースのように下顎の治療は、ミラーテクニックの中でも最も難しい部類に入ります。

下顎のミラーテクニック

メタル(金属)を深部まで見ながら削るというこ事においては、顕微鏡歯科治療下における高度なミラーテクニック以外今のところ存在しません。そのため、たとえ歯科用顕微鏡を用いて治療していても、ミラーテクニックを重要視しないで治療しようとすると、前述した一つ目と三つ目の方法を選択せざるをえなくなるのが一般的でしょう。

メタル(金属)だけを分割して除去することで、残存歯に無理な力をかけずにすみます。

しかしながら、下顎のミラーテクニックを臨床で使えるくらいにするには相当の練習が必要です。そのため、患部の部位や状況に対応できる、やはり高度な顕微鏡歯科治療技術(ミラーテクニック)を用いて治療できる歯科医師にならなければならないと、個人的には思っています。そして、技術を磨くために鍛錬することは技術職としては当たり前の事だと考えています。

次に、根管充填材を除去しながらストレートラインアクセス(※2)を形成し、根管治療を進めていきます。

下顎第一大臼歯には近心根と遠心根があります。近心根とは手前にある歯根ですが、いわゆる直視では根管口はなかなか見えないだろうと思います。やはり歯科用顕微鏡を用いなければなりません。

これは余談ですが、もしも最初の根管治療を世界基準で治療できれば成功率は90数%だと言われています。その反面、再治療の場合は、(根尖病変の有無や痛みの有無により成功率が異なりますが)、今回の症例のように根尖病変と痛みがある場合の成功率は60%台とも言われています。

※1:フェルール:
フェルール

※2:ストレートラインアクセス
ファイルにストレスがかからないように直線上に根管上部を形成すること。これによりファイル破折を予防する。
ストレートラインアクセス

感染している可能性のある根管の中をきれいに修復

次に、初回の根管治療時に詰めた充填剤を取り除きます。

下記の写真は『ガッタパーチャ』です。『ガッタパーチャ』とは、根管治療時に充填する材料です。ガッタパーチャと言うゴムのようなものです。ガッタパーチャは多孔質なので感染物質がたくさんついている可能性があります。よって、全てきれいに取りきりたいところです。

ガッタパーチャ

ちなみに、根尖(歯根の先)方向のガッタパーチャは直視では見えません。歯科用顕微鏡を用いたミラーテクニックでないと見ることはできません。ですから、歯科用顕微鏡を使って見ながら完全に取りきることが重要です。

もちろん、歯科用顕微鏡を使えば良いというものではありません。歯科用顕微鏡を使っていても、死角部分を盲目的に削るとパーフォレーション※1の危険性があります。(パーフォレーションについては別のブログ記事で触れていますので、必ずこちらをご参照ください。)

こちらの患者さんの場合、深部のガッタパーチャを除去するとかなりの汚染が確認できました。

この後、きれいになった根管部をMTAで根管充填しました。

以下に、MTAで根管充填するメリットを説明します。

通常、歯科材料の多くは固まるときに収縮を起こしてしまうため、わずかながら歯面との間に隙間ができてしまうことがります。さらに、水分があると歯面に接着しない材料がほとんどですが、MTAは水分があっても扱うことができ、硬化時(かたまるとき)にわずかに膨張するために大変封鎖性に優れています。強アルカリであるため、例え細菌が残っていたとしても殺菌効果もあり、生体親和性に優れているので壊れた組織の再生を促す効果が高いです。

顕微鏡歯科治療による根管治療後の患者さんの経過

最後に、こちらの患者さんのCTスキャン画像の比較について説明いたします。左が術前で右が術後12ヶ月後です。

根管治療

術前(左)/術後 12ヶ月(右)

根管治療

術前(左)/術後 12ヶ月(右)

根管治療

術前(左)/術後 12ヶ月(右)

以上のように、今回のブログでは根管治療の再治療の患者さんの症例を、顕微鏡歯科治療とミラーテクニック技術という視点で大切なお話をさせていただきました。今回のブログ記事のもう一つのテーマである、保険治療と自由診療の違いについても、少しお分かりいただけましたでしょうか?費用の違いが、どのように患者さんへのメリットとして還元されるかが伝わっていると良いなぁと思います。また、顕微鏡歯科治療と一言で言っても、見える治療と見えない治療があり、それはミラーテクニックという高度な技術に裏打ちされているということも説明させていただきました。

現在、歯科医院における歯科用顕微鏡の普及率はおおよそ5%程度です。さらに、保険治療にて根管治療を行う際にラバーダム防湿と歯科用顕微鏡の使用をセットで行う歯科医院の存在じたいが稀有なこととです。

私は、根管治療を成功に導くにはラバーダム防湿と歯科用顕微鏡は必要条件になると考えておりますので、保険治療と自由診療で行う治療の違いがこういう事であると胸をはって言いたいと思っています。

最後に、本ブログ記事の冒頭で述べた故野村克也監督の言葉、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という言葉をもう一度考えてみましょう。

私が突き詰めようとしている顕微鏡歯科治療は、見る人から見れば、細かすぎてそこまで必要があるのか?と思われてしまう事かもしれません。しかし、患者さんの歯を『治し切る』という本来の歯科医師としての役割を考えると、やはり精度の高い顕微鏡歯科治療しかないと考えています。

もちろん、盲目的顕微鏡歯科治療でもうまくいくときは当然あります。

しかし、ひとたび治療が失敗した場合には、そのの失敗には必ず原因があり、その原因を私たち歯科医師が見落としている場合が多くあるとしか思えないのです。もしもそうだとしたら、やはり失敗の原因や理由を、論理的に説明できるようになっていなければなりません。そして、私たち歯科医師の『負けに不思議な負けなし』を証明する唯一の武器をもつ要があるのです。それが、顕微鏡歯科治療におけるミラーテクニックであり、治療技術であると考えています。

常に、謙虚な姿勢で歯科治療に取り組もうと考えれば、自然に顕微鏡歯科治療にミラーテクニックを組み合わせた『見える顕微鏡歯科治療』に辿り着くと、わたしは考えています。

治療費,治療期間,主な副作用

費用:約200,000円
治療期間:3回受診
主な副作用:成功率は100%ではない

執筆者情報

おもて歯科医院 表 茂稔

表 茂稔歯学博士/日本顕微鏡歯科学会認定指導医/顕微鏡歯科ネットワークジャパン認定医
表 茂稔

〒279-0043 千葉県浦安市富士見1-11-29
TEL:047-354-8777

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