「顕微鏡歯科治療」というキーワードで検索すると約5,060,000件ヒットします。
私が考える顕微鏡治療と、多くの歯科医師が考える顕微鏡治療には違いがあります。
その違いとは、見ながら治療する事にこだわることです。

顕微鏡を使っている歯科医師は顕微鏡にどのような可能性を感じて使用しているのでしょうか。

ほぼ全ての歯科医師は「顕微鏡で見える」ことで、より良い治療になるであろうと感じているはずです。

顕微鏡で見えるものは、暗い口の中を光で照らし小さなものを拡大して見る、です。

ただそれだけです。

死角を明るくしても、何十倍に拡大しても、死角は見えません。

顕微鏡にミラーを使わなければ、本当の意味で見ながら治療する事はできません。

私が思うには、多分そんな当たり前のことは顕微鏡を使う全ての歯科医師は気づいているのだと思います。

一度はミラーテクニックをやっているのだと思います。

ただミラーテクニックは練習をしないとできません。

器用ではありませんしとりわけ不器用でもない私の経験ですが、ミラーテクニックを修得するまでどれだけ自分の不甲斐なさや焦りや苛つきに自己嫌悪に陥ったことか。

努力は惜しみませんでした。
諦めようとも思いませんでした。
ただただ自分の不出来に腹が立ちました。

解決方法は練習しかないんですよね。
マネキンの模型で練習を繰り返しました。

見える治療に意味があり、顕微鏡とミラーテクニックの組み合わせで初めて革新的な治療になるんだという確信があったから頑張れました。

ミラーテクニックで大きな壁として立ちはだかるのが下顎です。

上顎は少し練習すればできますが、下顎は沢山練習しないとできません。
直視を主体とする歯医者さんの言うことの多くは首を傾げるものばかりです。

まず、見えるために顕微鏡を使うといいながら死角で見えないことは完全にスルーです。
人によっては治療している風景を見せて、「ね、見えるでしょ」とセミナーで教えていたりもします。

私とその歯医者さん達とでは物事の価値基準が違うのです。

価値基準が違うことは尊重します。

私たちの気づかない見落としが原因で経過不良の歯は多いはずです。
死角に対して対策をとる事が歯科医師としての責務だと考えています。
責務を全うするためにミラーテクニックが必要なのです。

「器用不器用とは手先のことを言うのではない。
余程思ったように手先が動かないのは別として、ものを上手につくる人は作業の手順を頭に描いて、その一つひとつすべきことを、先を急がず確実に淡々と処理する。
ひとつの作業のために、簡単な道具を工夫する。からだの姿勢や手の位置に気を配る。
ものをつくる作業の半分は、道具づくりと材料の準備、つまり段取りだ。
手の速さも段取り次第といえる。
不器用はその逆で、手順を考えず、仕上がりを急いで、一つひとつの作業を大事にしない。
あらかじめ材料をそろえることもなく、出来合いの道具だけで作業ができると思い込み、相手に合わせて姿勢を変え、無理をする。」
                 手仕事の医療 評伝 石原寿朗  秋元秀俊著

ミラーテクニックにはハンドピースの持ち方やレストの置き方、つまり段取りがいくつかあります。
治療にはそれに適した姿勢があります。
体に負担がかかるような姿勢では良い診療ができません。

顕微鏡を使う歯科医師の共通項は「見えることに意味がある」に異論はないと思います。

ここから先は、顕微鏡という武器を持ったのに死角をそのままにする旧態依然のやり方にただ顕微鏡を組み合わせただけの不完全な見える治療と、顕微鏡という武器を持ったのなら最大限見える治療をするためにミラーテクニックを駆使する治療法に別れるのだと思います。

価値基準が違うのは尊重します。

私がメッセージを送っているのは患者さんとこれから顕微鏡治療をやりたいと考えている歯科医師です。

患者さんへ
直視の先生の話も聞きミラーテクニックの話も聞いて、ニュートラルな考えで、良いと思う顕微鏡治療を受けてください。

これから顕微鏡治療を始めようと考えている先生へ
楽だからと安易にミラーテクニックを諦めないでください。
先生が見える治療に価値があると考えるのなら、諦めないでやり抜いてください。